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最高裁が裁判員制度を否定

 今朝の新聞によると、裁判員裁判で死刑を言い渡された2件の事件に対して、最高裁は従来の判例から逸脱しているという理由で、無期懲役に減刑したということだ。
 そもそも裁判員制度ができた理由は、裁判官の常識が一般の常識から逸脱しており判決が一般人の感情から外れている場合がある、ということであった。
 それなのに、従来の判例を踏襲しろというのは、裁判員になったら裁判官の常識に合わせろと言っている。これは正に裁判員制度を否定したものである。
 このような判決を下した裁判官は誰だ。こんな裁判官は罷免すべきだ。衆議院選挙と同時に行われる最高裁判事の国民審査まで覚えておこう。
 
 新聞によると、裁判長は「千葉勝美」だそうだ。他の裁判官も公表してほしい。

— 記述 m-tezuka at 05:20 pm  

白鵬、大鵬には遠く及ばぬ

 白鵬の横綱らしからぬ言動が相次いで報道されている。

「白鵬取り直しを批判」優勝を決めた稀勢の里戦「ビデオを見たが、子供が見ても分かる相撲。なぜ取り直しにした。もう少し緊張感をもってやってもらいたい。」と裁定に異を唱えた。
26日の白鵬の記者会見
「横綱らしからぬ」横綱審議委員会の山内委員長は白鵬にについて「見事、さらに記録を伸ばすのではないか」と称賛した一方、「横綱らしからぬ態度もあると批判的な意見も出た」と話した。
26日の横綱審議委員会後の記者会見
 多分、遠藤との対戦の時、場内が遠藤への声援一色になったことで、これまで何とか日本人らしさを保ってきたものがプツンと切れてしまったのだろう。何で大鵬を超えようとしている自分に声援が無いのか。自分がモンゴルから来た外人だからか。
 
 そうではない。やはり本当の日本を知らないのだ。「判官びいき」という言葉があるように、弱い者に同情するやさしさが日本人の心である。それが分からないのでは、記録は大鵬を超えても横綱の品格はまだまだである。
 最後に読売新聞1月27日朝刊の「編集手帳」の一部を引用しておく。
横綱大鵬は物言いのつくきわどい一番で平幕戸田に敗れ、連勝が「45」で途切れた。‥‥◆テレビ中継のビデオでは、大鵬の足が土俵に残っている。勝っていた。「大変だ。誤審だァ」と支度部屋に押しかけた報道陣に大鵬は語ったという。「負けは仕方がない。横綱が物言いのつく相撲を取ってはいけない」。

— 記述 m-tezuka at 04:21 pm  

新聞が手を抜く季節

 新聞にとっては少し手を抜くことのできる季節になった。昨日と今日の朝刊には、センター試験の問題と解答が数ページに亘って掲載されている(今日の新聞では関連広告を含め40ページ中13ページ)。センター試験に興味の無い者にとっては全く不要なものである。すなわち新聞の1/4は記事を探さなくても書けるので、楽なのである。
 
 センター試験の問題や解答を必要としているのは大学受験生であるが、この世代の若者がはたして新聞を読むのだろうか。おそらくほとんどいないだろう。これらの情報はインターネットで見ることができるので、ほとんどの受験生はインターネットで見ていると思われる。紙で見た方が見やすいということで新聞を買って見る人がいるかもしれないが、それなら別刷りで新聞を発行すればいい。
 
 個別宅配する新聞に「センター試験の問題と解答」を掲載するのはやめるべきだ。

 

— 記述 m-tezuka at 10:59 am  

白鵬に失望

 昨日の遠藤との取組、横綱らしからぬ取り口にがっかりした。若手の挑戦をしっかりと受け止めて、これが横綱だということを示し見本となるのが横綱の役目なのに、とにかく勝ちたいという気持ちだけで取っていたように感じる。「張り手」や「かち上げ」は、弱い平幕が奇襲作戦としてやることだ。特に張り手は禁止すべきではないか。張り手をやり合っていたら、まるで喧嘩だ。
 
 上下関係が厳しい相撲の世界で、下位のものが上位のものの顔を張るということはなかなか出来ないことである。それを良いことに、以前から白鵬はよく張り手を使う。 
 30回以上も優勝している横綱がどうしてそんなに勝ちにこだわるのか。横綱らしい勝ち方で優勝してこそ、大鵬の優勝回数を超える意義があるのに、こんなことで優勝しても単に記録を塗り替えたということに終わってしまう。

— 記述 m-tezuka at 11:02 am  

シルバーは素人以下

 先日、隣の庭に植木屋が入り、剪定を始めた。しばらくすると境界の生け垣を剪定するのに、こちらの庭に入らせてくれと言う。その時シルバー人材センターから来たことを知った。これまで隣の庭に入った植木職人で隣に入りこんで仕事をするような人はいなかった。
 仕上がった結果を見ると、境界の生け垣は隙間だらけで目隠しになっておらず、越境している枝も切っていない。1本1本の木について見ると、混んだ枝を切って風通しを良くし全体のバランスを考えて切り込んでいるが、それぞれの木が持つ役割については全く考えが及んでいないようだ。
 一本の木の剪定の仕方については研修を受けているのだろうけれども、庭というもの、そこにあるそれぞれの木の役割というものは研修には含まれていないのだろう。隣地との境界の生け垣は、目隠しの役割があるのだとか、枝は越境してはいけないという、素人でも分かっていることができないとは、素人以下か。

— 記述 m-tezuka at 02:37 pm  

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