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[ Tags :: 裁判員制度 ]

裁判員制度を否定する裁判長

裁判員制度ではじめての死刑判決に際して、裁判長が「控訴してください」と発言したそうである。
 
 とんでもない裁判長がいるもんだ。無責任にも程がある。裁判員が悩みに悩んで出した結論に対して間違いだったかもしれないと言っている。もちろん自分も加わった判決にである。
 
 報道によれば、裁判員の心情を考慮しての発言ではないかとも言われているが、それにしても自分たちの出した判決に自信がないと言うのはいかがなものか。
 
 見方を変えれば、控訴審には裁判員は採用され無いので、自分たち専門の裁判官で正しい判決を出しますと言っていることになり、裁判員制度を否定するものである。

 

— 記述 m-tezuka at 07:40 pm   pingトラックバック [0]

足利事件と裁判員制度

足利事件で無期懲役が確定していた菅家さんが釈放された。唯一ともいえる証拠のDNA鑑定が誤りだった。
 
 もし当時、裁判員制度が実施されていて、その裁判員だった人のことを思うと戦慄を覚える。
 
 菅家さんは、警察や検察を絶対許さないと言っている。しかし刑を確定したのは裁判官である。にもかかわらず裁判官を恨んではいない。何故か。裁判官は特別に選ばれた人で神の代わりに人を裁く者だと信じているからだろう。「嘘は見抜いてくれると信じていた。(だから嘘の自白をした)」とも言っていた。
 
 これが一般の人が裁判に参加しての判決ではそうはいかない。自分と同じ人間に、間違った証拠で有罪判決を言い渡されたら、その裁判員を絶対に許さないと言うだろう。
 
 皆が参加して裁く。一見大変民主的に感じられるが、これを小さなグループに置き換えればリンチである。感情で裁くからである。裁判員制度もそうなってしまうだろう。
 
 一般常識の無い裁判官を補うために一般人を参加させる裁判員制度。一般常識って往々にして感情である。

 

— 記述 m-tezuka at 09:43 pm   pingトラックバック [0]

裁判官は裁判のプロであれ

今日の読売新聞の編集手帳には良いことが書いてある。裁判員制度を考えた法務省の役人に読ませたいものだ。
 
新聞の記事をところどころ引用すると次の通りである。

きょうの阪神・江夏投手は打てないーー巨人の4番、長嶋茂雄選手がベンチで脱帽したとき、川上哲治監督は他の選手の面前で叱責したという。「おまえには江夏のボールを打つだけの給料を払っているじゃないか」‥‥‥‥◆毒カレー事件のような「直接証拠なし、動機不明、全面否認」の難事件で死刑をわが手で選び、わが声で告げる苦悩は言葉に尽くせまい。その苦悩を一身に背負う人だから国民は裁判官を深く尊敬し、重責に報いるだけの給料を払っているじゃないか。裁判員の日当(=上限1万円)とは格の違う給料を◆裁判に市民感覚を反映させることが裁判員制度の目的ならば、目的の達成も安くはない給料分の内、プロが精進すれば済むことで素人を煩わす必要はない‥‥‥‥
全くその通りである。
誰でもその職業に必要とされることは自分が努力して獲得している。なぜ裁判官だけが他の人の助けを借りなければ仕事が出来ないのか。
 
裁判員制度は、裁判官は半人前だよ!ということを言っているようなもので、それなら給料も今の半分に減らさなければつじつまがあわないよ。

 

— 記述 m-tezuka at 04:59 pm   pingトラックバック [0]

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